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映画『若おかみは小学生!』感想:どうしてここまで感動するのだろう・・・それは

 映画『若おかみは小学生!』を映画館で見てきました。もう思いっきり泣いてしまいましたね。突然のクライマックスからの畳み掛けるような感動・・・そして、あんな素晴らしいエンディング見せられたら、もう涙が止まらないじゃないですか!

 明るくなっても涙が溢れてしまってすぐに立ち上がる事ができませんでした。もちろん子供向けらしさはありますが、親世代の30〜40代も激しく心を動かされる作品。これこそまさに『全年齢向け』と呼ぶにふさわしい作品ですね。
予告編より画像引用(当ブログの画像引用について
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 人が社会に包摂されていくとはどういう事なのか。悲しみを受け入れるとはどういう事なのか。今の私たちにとって花の湯温泉の物語は大切な寓話のように感じました。

 素晴らしい動きと色彩でアニメーションとしてのクオリティーも抜群。長編作品を劇場版にまとめた挑戦的な構成にも脱帽です。原作小説もTV版も未見でしたが、思い切って見に行って良かったです!

映画『若おかみは小学生!』本予告(公式)
この予告編は素晴らしい出来ですね!これを見て見に行く気になりました。

※TV版・原作小説は未見での考察・解釈です。
※以下ネタバレのあるレビューですのでご注意ください。

どうしてここまで感動するのだろう


 どうしてあんなに泣いてしまったんだろう・・・見終わった後に思い返してみると不思議とよくわからなくなるんです。悲劇のおっこがかわいそうだから?いやいや、悲劇は最初からわかっていたじゃないですか。なんであんなに感動したんだろうか。

 きっとそれは、見ている自分たちもおっこと同じような不思議な感覚にさせてくれるからだと思うんです。あれ?『お父さん、お母さん、いるじゃん』って。確かに死んだはずって・・・それは情報としては知っているんですよね。

 でも、観客である自分たちにも死の実感がない。もしかして・・・何かのまちがいじゃ?奇跡が起こるんじゃ?って・・・この曖昧な感覚。なんだかまだ居るような感覚。これっておっこの感覚と同じじゃないですか?
曖昧な形で現れる両親
おっこと同じように観客も不思議な気分になっていく
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会
予告編より画像引用(当ブログの画像引用について

 でもだんだんと、ああ、やっぱり違うんだな。間違いじゃないんだなって。1時間かけて少しずつ納得していく。おっこと同じように自分たちもだんだん受け入れていく

 観客である私たちに、おっこの精神状態を追体験させているんです!これってすごくないですか?

別れを受け入れる過程をおっこと共有していたから


 だから、ラストのあのシーンで、おっこと同じように感情が爆発してしまう。1時間以上の積み重ねの結果、いつの間にか心がおっことシンクロしてしまっているから。

 あのシーンだって、見てない人に言葉で説明したって全然ピンとこないはずなんです。あの積み重ねを経ているからこそ涙が溢れる。
感動の理由は言葉では表せない
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 94分という限られた時間の中で、長編の小説や、TVシリーズと同じ事はできない。でも映画ならできる事・・・それは94分間一気にその世界に没入させること。その特徴を最大限利用して観客の精神状態ををおっことシンクロさせていく

 だから単に悲しい出来事で感動したんじゃない。時間をかけて別れを受け入れていく過程をおっこと共有している。これは言葉では表現できないことですよ。

 この離れ技を成功させる事で、単なる成長譚を超えて、より深く人の心を動かす作品になっているんだと。そしてそれに気づいた時、この作品の凄さにもう改めて感動してしまいました。

『一緒にいられなくてごめんな』


 おっこの両親もきっと幽霊として存在していたんだろうなって、あれはただの夢じゃないと思うんですよね。あれは両親がおっこに見せた夢
両親もまた霊としておっこのそばにいたのかもしれない
声は鈴木杏樹さんと薬丸裕英さんが担当
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 両親はきっと自分たちが死んだ事すら実感できなかったのかもしれない。だから夢でおっこといつもの生活をしていたのかな。でも時間が経ち、両親も運命を受け入れ、おっこが力強く生きている姿をみて別れの言葉をいえた。

 それが『さよなら』ではなくて『一緒にいられなくてごめんな』っていうのが二人の無念を表している気がするんですよね。

この世への未練から解放されるまで


 見る前は、幽霊との別れが感動ポイントになるのかなぁ・・・って想像してたんですよね。あの予告編はホント出来が良いですよね。あれだけで感動しそうになるんだけど、絶妙にポイントずらしてネタバレ回避してるのがすごいね(笑)

 でも霊との別れは、つまり霊が成仏できるって事。現世への未練から解放されるすごく前向きな事なんですよね。
幽霊の美陽とウリ坊、小鬼の鈴鬼
霊たちの生き生きとした(笑)動きも見所
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 ウリ坊も美陽ちゃんも『生まれ変わった後も絶対わかる』って言ってたから、生まれ変わりの様子も出るのかとちょっと期待しちゃいました。残念ながら本編では出なかったけどすごく想像が膨らみますよね。

 きっと誰かの子供として再会できるのかなって・・・そういう展開は好きです。でもウリ坊はミネちゃんとちゃんとあの世で再会してからにしてほしいですけどね。

 でも霊たちもやっぱり『花の湯温泉』に受け入れられて癒される存在だったのかな・・・と思うんですよね。この世への未練が断ち切れるまでいつまでだって受け入れてくれるような。

花の湯温泉のお湯は・・・


花の湯温泉のお湯は、誰も拒まない、すべてを受け入れて癒してくれるんだって』という、このセリフ。予告編の時から印象的だったけど、ラストシーンでは何重にも心に響いてきました

 おっこが頑張って人を助けるのもこの言葉のおかげ、でもおっこ自身も花の湯温泉に受け入れられ、癒されていたんですよね。
地域の一員となった象徴としての神楽
動きや色彩も本当に素晴らしい。
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 両親といた頃は3人だけの家族で、それはそれで幸せだったけど、失ったときはひとりぼっち。社会から切り離されたおっこ。もちろん日本では彼女を保護する仕組みはあります。

 でも単に保護されるとか、支援されるだけじゃ人間は幸せに生きていけない役割があり、社会で存在しているという実感があって人は力強く生きていける。

 それって、どんな人も社会の一員として取り込んでいくという『社会的包摂』の考え方なんですよね。これからの日本にはとても大事な考え方だと思ってるんだけど、こんなに分かりやすい形で表現されている事に感動しました。

監督のコメントに痺れた!(本項 追記)


 鑑賞後に監督のコメントを読んで痺れました。
 この映画の要諦は「自分探し」という、自我が肥大化した挙句の迷妄期の話では無く、その先にある「滅私」或いは仏教の「人の形成は五蘊の関係性に依る」、マルクスの言う「上部構造は(人の意識)は下部構造(その時の社会)が創る」を如何に描くかにある。

 主人公おっこの元気の源、生き生きとした輝きは、春の屋旅館に訪れるお客さんに対して不器用ではあるが、我を忘れ注がれる彼女の想いであり、それこそがエネルギーなのである!(後略) - 公式サイト 監督: 高坂希太郎氏コメント より引用

 これは悪用すれば、昨今のブラック企業における『やりがい搾取』に繋がる怖い考えです。事実、今の社会では少し避けられている考えかもしれません。直感的に嫌な印象を感じる人も(自分を含めて)少なくないと思うんですよね。

 でも本来は人間の生き方として、とても大切な考えなはず。この作品はその描き方が本当にうまいと思うんです。

 この作品は決して『滅私奉公』的なものを美化しているのではなく『役割』が人間の支えになるということを描いているんだ・・・そう解釈しました。だから自分にも抵抗なく受け入れられたんだと思います。

 見終わった後にこのコメントを読んだときは唸らされましたね。逆に見る前に読んでたら・・・『厳しい修行の成長物語』みたいに誤解して見に行かなかったかも(笑)ちょっと危険なコメントですね。

エンディングの素晴らしさ


 それにしてもエンディングは素晴らしかったですね。本編のカットをあえて手書きスケッチで入れていく演出。楽曲と相まって最高でした。カット数もふんだんに入ってるので、涙を流しながらも必死で目を開いてました(笑)

 止め絵なんだけどものすごくいい味なんですよね。絵を見てるだけで涙が出てきます。それにあの楽曲。藤原さくらさんの『また明日』。いいですよね。

藤原さくら 「また明日」 (short ver.)(公式)

 ほのぼのとした感じの曲で導入部は感動とはちょっと違うんだけど、あのサビが流れると・・・もうやばい(笑)本当にあのエンディングとぴったりでした。

 このカット入れるエンディングは他のアニメでもやってほしいですね。

本当にピッタリな小林星蘭さんの演技


 声優さんは関織子こと『おっこ』役の小林星蘭さんが良かったですね。まだ12歳だそうですが子役としてのキャリアは長いんですね。ホント魅力的でした。子供っぽさとプロっぽさが同居した独特の雰囲気

 子役って上手すぎてちょっと違和感を感じる事もあるけど、この作品に限ってはもうピッタリ!頑張り屋で良い子過ぎるくらい良い子なおっこには、演技上手な子役の雰囲気とものすごい合ってると思うんですよね。
現実離れするほど良い子のおっこ
子役ならではの演技がうまく噛み合っている
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 子役といえば幽霊の美陽ちゃん役の遠藤璃菜さんも12歳なんですね。この人は『甘々と稲妻』のつむぎ役だったそうで、どうりで上手なわけですね。声優さんかと思いました。TV版では日高里菜さんだったそうですが、自分は未見だったので素直に入る事ができましたね。

 他の出演者はタレントさんが多かったですが、全然違和感を感じませんでした。作品に馴染んでるんですよね。確かに、声優さんじゃないだろうな・・・とは感じましたが作品の邪魔をしない声でしたね

 むしろ最後の客である木瀬文太役の山寺宏一さんは『昭和元禄落語心中』の助六が思い浮かんじゃいましたね。まあちょっと雰囲気かぶってるので良いんですけどね。

最後に:今見るべきアニメーション映画の傑作


 この作品のタイトル絵柄もあって、やっぱり見る前はちょっと抵抗ありました。キャラクターも子供向けを超えて幼児向けっぽいし。美陽ちゃんなんか特にね。大人が見ちゃダメなやつかなって。

 でも実際に本編を見ると、アニメーションとしてのクオリティーの高さに子供向きなんて事は忘れてしまいました。素晴らしく生き生きとした動き!それに美しい色彩!特に色彩の美しさは見所だらけの作品といっても良いですね。
色彩の素晴らしいシーンが沢山あるのも魅力
高坂監督自身が色彩にこだわりのある方みたいですね。
©令丈ヒロ子・亜沙美・講談社/若おかみは小学生!製作委員会

 この作品は公開と前後してTVシリーズ24話が完結。そちらもすごい高評価だったみたいですね。自分は全くの未見でしたが、逆にそのおかげで素直に映画の世界を受け入れられたのかもしれません。

 もちろん子供向け作品には違いないのですが、間違いなくアニメーション映画として今見るべき作品の一つです。できれば映画館で思いっきり没入して見たい作品。

 思いっきり泣きましたが、決して辛く悲しい涙じゃない。とても清々しい前向きな涙説教くさい話が大嫌いなひねくれ者の自分にも素直になれてしまう。素晴らしい作品でした!


原作:令丈ヒロ子
監督:高坂希太郎/脚本:吉田玲子
美術監督:渡邊洋一/色彩設計:中内照美
制作会社:DLE/マッドハウス

映画『若おかみは小学生』公式サイト
https://www.waka-okami.jp/movie

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劇場アニメ「君の膵臓をたべたい」感想(短評):選択と選択を結んだ未来

 アニメ版の『君の膵臓をたべたい』を映画館で見てきました。

 主人公のツンデレ?的展開に座席でモニョモニョしてしまいました(笑)こんな男いるかよ〜と思いつつも、こんな男だから選ばれたんだよなぁ・・・とも思うわけで。でも単にラノベ的モテ展開を楽しむ作品じゃないですね。
ある意味ラノベ主人公っぽいけど
この作品ではこの性格にすごく意味があるのが面白い
© 住野よる/双葉社 © 君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ
本予告より画像引用(当ブログの画像引用について

 この作品って『死という結末』をあらかじめ明示した上でどう展開するのか?が楽しみだったのですが、そういう意味ではなるほどなぁという構成でしたね。面白いと言っては語弊がありますが。

 でも冒頭のあの入り方はうまいですよね。さすがにあの場面から入るとは思わなくてちょっとビックリしました。後半どう展開させるんだろう・・・って。

 割とお涙頂戴な作品かなぁ・・・と斜に構えてるところもあったのですが、やっぱり涙は出ましたね。でもそれ以上に『君と出会うために選択した』の意味とか『星の王子さま』のモチーフにすごく興味を惹かれました。

劇場アニメ「君の膵臓をたべたい」本予告(公式)

※実写版・原作小説は未見での解釈です。
※核心のネタバレはないレビューですが未見の方はご注意ください


『君と出会う、ただそれだけのために、選択して生きてきた』


 自分はこの言葉が結構響きましたね。

 カッコつけすぎと違和感を感じる人もいるかもしれないけど、この言葉って『未来が過去を規定する』って考えを具体的に言ってる気がするんですよね。ちょうど最近みた『ミライの未来』でも同じテーマを感じていました。
 自分は『未来が過去を変える』という考え方が好きなんだけど、ひいじいちゃんが特攻で足を負傷したのも、その時点では不幸かもしれないけど、その後に不自由がキッカケで幸せになって『過去の意味』が変化したわけですよね。  『未来のミライ 感想:これは細田守の『夢十夜』なんだ』 - アニメとスピーカーと

 選択をした『過去のそのとき』には、二人の出会いを意識していたわけじゃない。当然です。予知能力があるわけじゃないですから。

 でも現在から過去を見ると、これまでの選択は『君と出会うため』に選択したと意味づけることができる。
何気ない選択が未来から見たときに意味が生まれる
© 住野よる/双葉社 © 君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ

 これと似てるんだけどAppleのスティーブジョブズの有名な講演『Connecting The Dots』も連想するんですよね。(全文は日経記事より
将来を見据えて、点(出来事)と点(出来事)を結びつけることはできません。後で振り返って見たときにしか、点と点を結びつけることはできないのです。(You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.) - 『スティーブ・ジョブズが信じたもの』- ドイツ語翻訳家 TOMOKO OKAMOTO より

 二人にとっても振り返ってみたとき、それぞれの選択が『君と出会うため』の線として結びついている。そういう意味だと受け取りました。

『星の王子さま』について


 ラストの『星の王子さま』のシーン。実は自分も読んだことなかったんですよね。主人公の事を全く笑えないですが。そういう人多そうですよね。

 何度かトライした気がするし、NHKの『100分で名著でも見たのですが、なんかぼんやりした記憶で・・・ちょっと掴みどころのない話ですよね。
一方的に主人公に近づく桜良の行動
星の王子さまのモチーフと重なって見える
© 住野よる/双葉社 © 君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ

 桜良が小さな星で話すモノローグ。あれは『星の王子さま』をモチーフにしているのは明らかでしたが、いまいちこの作品との関わりがわからなかったんです。

 今回Wikipediaのあらすじを見て意味がようやくわかりました。物語後半のキツネと王子のエピソードが、この『キミスイ』のストーリーと重なるんですね。
別れの悲しさを前に「相手を悲しくさせるのなら、仲良くなんかならなければ良かった」と思う王子に、「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出せるなら、仲良くなった事は決して無駄なこと、悪い事ではなかった」とキツネは答える。別れ際、王子は「大切なものは、目に見えない」という「秘密」をキツネから教えられる。( 星の王子さま wikipedia  より)

 『星の王子さま』のテーマの一つに『別れの悲しみが苦しいなら出会わないほうが良かったのではないか?』というのがあるんですね。ある意味その回答になる物語ってことなんだなぁ。

 先日見た『フリクリ オルタナ』でも終わりのある人生を生きる意味というのを考えさせられたけど、思いがけず関連するテーマだなぁと思いました。

最後に


 実写版は未見なのですが、アニメ版は原作小説寄りの内容だそうですね。アニメでは『二人の対話』が中心の作品なので、小説版だと読みやすいストーリーかなという気もしました。

 そういう意味では、アレンジがあるらしい実写映画も見てみたいですね。実写版は未見なのですが、この作品は両方楽しめるように作られてるんだろうなぁ・・・って予感がしました。我慢せずに実写を先に見ても良かったかな(笑)

 実写版はあの女優さんの力がすごそうですよね。予告を観てて行きたかったんだけど、見逃しちゃって・・・ちょっとやせ我慢してました。今度レンタルで見てみたいですね。 

 それにしても、最近みた『ミライの未来』や『フリクリ オルタナ』と重なるテーマを感じたのはちょっと不思議な感じです。時代の空気がそれを求めているってことなのかな。

監督・脚本:牛嶋新一郎
原作:住野よる
制作:スタジオヴォルン

劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』公式サイト
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劇場版『フリクリ オルタナ』前作未見の感想:絶望を抱えて希望を叫ぶ、オルタナティヴ・セカイ系の挑戦

 劇場版「フリクリ オルタナ」を映画館で見てきました。前作(旧作)は全く知らないで見たけど全然大丈夫でしたね。

 賛否両論の評価みたいですが、率直に言うと結構良かったです。いい空気感だったな。直後の印象は、女子高生+セカイ系の『ほろ苦青春ストーリー』って感じ。感動で号泣とかじゃないけどなんとも言えない余韻を残した作品でした。
主人公のカナブンこと河本カナ
PV・MVより画像引用(当ブログの画像引用について
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 でもこの余韻ってなんだろう・・・って考えてみると、これがなかなか深い気がするんですよね。青春を描いているようで人生そのものを描いている気がしたし、典型的なセカイ系のようでその枠組みを否定しているような結末だと思いました。

 まさに『オルタナ』のタイトルにふさわしい挑戦的な作品だった気がします。

 自分は前作未見だったので余計な情報がないぶん素直に楽しめた気がしますね。映像もテレビ的とはいえスクリーンに映える美しさだったと思うし。

 ただ、劇場版と銘打っていますが非常に特殊な構成の作品で、そこが正直気になったかな。映画というより6話完結の中編アニメとして鑑賞したかったかも。

 前作ファンからみると見当違いな感想かもしれないけど、ほとんど前知識のない人間の解釈として読んでいただけると嬉しいです!

※後半よりネタバレありのレビューとなります。
※前作未見の考察のため独自の解釈です。違ってたらゴメンなさい。コメントで教えてくれると嬉しいです。

 
本PV映像(公式) 前半がオルタナで後半がプログレ。
PVの出来はすごくカッコイイ。


【大まかな目次】

前作見てなくて心配だったけど


 ところで前作のオリジナル『フリクリ』って恥ずかしながら全然知らなかったんですよ。有名な作品で熱烈なファンがたくさんいるんですね。ホントまだまだ知らないこといっぱいです。

 公開されたのが2000年頃だそうで、そのころは一番アニメから遠ざかってた時期だったんですよね。ましてオリジナルビデオ(OVA)作品は触れる機会なくって。

 でもたった6話構成なんですよね。それでこれほど熱烈なファンがいるなんてすごいな。どんな作品なんだろ?ってWikipediaを見たら『斬新な演出と構成で、ピロウズの音楽の使い方が秀逸。しかも難解な設定で・・・』って、具体的なことはほとんどわからないけど、確かにかなり興味を引く作品

 そんな前作を見ないで『続編』を楽しめるか心配ですよね。正直『スルーしようかな』って思ってたくらいで。でも公開直後のTwitterで『前作未見の人の方が楽しめるかも』みたいな感想を見たら『意外とイケるかも!』って俄然興味が湧いてきました。

前作未見でも全然OKだった


 結果的には前作未見でも全然OK。とりあえず意味不明なモヤモヤとかは残らなかったな。まあ、自分が気付いてないだけかもしれないけど。

 いろいろ謎は多いのですが、もともと謎の多い作品みたいなので『そういうもの』だと思えば特にひっかかる所はなかったんですよね。登場人物のほとんどは前作と変わってるみたいだし別作品だと思っても特に問題ない気がします。

 逆にオリジナルのファンは微妙な類似点が逆に気になってツライみたい。『前作を知らない人の方が楽しめるという説』って案外正しいかなって。自分は素直に入ることができました。
前作からのキャラ『ハル子』
彼女の描きかたがファンには特に抵抗が大きい
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 でも勘違いしてたのは、『オルタナ』と『プログレ』で一つの作品かと思ってたけど、実際はそれぞれ別のエピソードっぽいですね。オルタナはこれ自体で『一応完結』してるみたいですね。

劇場版だけど『TV一挙放送』状態なのがちょっと残念


 ストーリー自体は後で書きますが結構良かったんですよね。ただ構成がちょっと特殊ですよね。6話のエピソードをそのまま一挙上映してる形式なんですよね。

 先行公開したアメリカ版は6話+6話で普通に放映したんだそうですね。日本では劇場版なので、映画として再構成されたのかと思ったら、OP/EDカットで繋げただけ。まあ最後のエンディングはすごくいい出来でしたけど。

 どうしてこういう劇場版になったんだろう・・・というのがちょっと謎ですね。オリジナル版の6話OVA形式にこだわったんでしょうか。

 この作品って前作とか関係なく見た場合、TVで6話で放送したら割といい評判になるレベルだと思うんです。TVらしいテンポだし。話数によってはここでエンディングが入れば最高なのに!って場面がありました。

 劇場版だと余韻を楽しむ間もなくすぐ次のエピソードに行っちゃうんですよね。はっきり言ってこれはもったいないなぁって。せっかく劇場版を銘打つなら再構成して映画のテンポで見たかったかな。

 たとえばTV放映の前に劇場版を上映した『亜人』なんかは再構成してたけどすごく良かったんですよね。TV版にはないテンポ感で夢中になれました。まあ『オルタナ』がTV放送するかどうかは不明なんですけど。
関連記事  劇場版 亜人 1部「衝動」 感想:これは世界に通用する作品 - アニメとスピーカーと

この日常はいつか終わるという現実


 構成には文句はありますが、内容自体は結構好きでした。独特の空気感のある作品で、ドタバタ明るいんだけど渋みのある感じ・・・っていうのかな。

 この作品の空気感ってちょっと『宇宙よりも遠い場所』を連想しちゃうんですよね。空気感が似てるだけでテーマ的には全然違うんだけどね。独特の色合いがそう感じるのかな。

 『よりもい』が日常を打破していくのに対して、『オルタナ』は日常を死守していくストーリー。でも『この日々はいずれ終わる』という点が共通するのかも。
4人の青春に焦点を当てていくと思いきや・・・
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 『明日が昨日の寄せ集め』とか『毎日が毎日毎日続くわけじゃない』とか、いかにも17歳の青春時代って感じのセリフなんだけど、実は人生半ば過ぎたような自分にもすっごい刺さるセリフだったりするんですよね。

 人生自体が『つかの間の青春』みたいなものだな・・・って、最近すごい感じるんですよね。青春の日々が必ず終わるように、今の日常も必ず終わる。どんどん変わっていずれ終わる。 

 今の日常がいつまでも続かないことはわかりきった事実。この作品を見てた時、ずっとその事実を突きつけられている気がしました。


※次項よりネタバレありの考察となります。


このラストシーンはハッピーエンドなのか?


 この作品のラストシーンって、どう解釈しました?

 自己を克服して世界を救ったかに見えるカナブン。でも救ったのは自分の町だけ。親友だと思っていたペッツもいない。あそこは地球で無い事は確かだけど・・・火星?それとも全く別の星
ロボは結局謎だけアイロンを守る宇宙人の戦力と解釈
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 いずれにせよ特殊な力によって部分的でも『昨日を寄せ集めたような日常』が続く世界を取り戻したカナブン。でもこれってハッピーエンドなんですかね?

 あの世界だって『いつまでも続くはずが無い』事は明らかですよね。そして、おそらくだれもが『そんなことわかっている』世界。地球はどうやら平らに潰されて帰還不可能だし。

シニカルな結末・・・だけど、


 根本的な問題は何も解決されず、ペッツとの関係も解決されない。確実に終わる事だけは分かっている日常。それを大事にして生きる。

 夢とか希望とか・・・前半たっぷり使って語っていた恋愛や将来の夢があまりに空しく響きます。終わる世界で何を頑張るの?って。前半でヒジリーやモッさんの青春をたっぷり描いたのってその空虚さを感じるため?

 これって、すさまじくシニカルな結末じゃないですか?
前半で描かれる『恋や夢』はどう解釈すればいいのか
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 でもね・・・って思う。終わる事がわかってる人生。『明日が昨日の寄せ集め』みたいな日々でも・・・やっぱり生きたい。やっぱり夢や希望を語っていたいって思う。人間ってそういうものだよねって。

絶望的なほど当然のペッツの選択


 だからこそペッツも友達と別れてまで生きるのを選んだんですよね。ペッツはいわば正規の移住者として脱出して、カナブンたちはもう一つの方法で脱出した。この作品の『オルタナ』にはきっとこの意味も込められてる気がします。

 ペッツとカナブンの別れのシーン。あそこはすごく切なかったですね。本音をぶつけ合って傷ついたけど最後は友情を深めて和解する・・・というのは『儚い夢』だったって。この作品の核になるシーンのような気がします。

 つまらないくらい当たり前の選択。ペッツは生きることを選んだ。だから友達とお別れした。もちろん逡巡はあったんだと思うし、あんな親の元に居るのだって苦痛だったんだと思う。でもやっぱり選んだ。

 どうせ終わってしまう日常なのに、それでも生きることを選んでしまう。
カナブンに対する憎しみと友情
ペッツの相反する心が垣間見えたシーン
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 ハル子に嫌味を言われても淡々とヘアピンを交換して去っていくペッツ。カナブンに助けられたのにね。あの行為ってペッツの良心とも言えるけど、友達を裏切るという罪悪感を自分のなかで埋めあわせる行為のようにも感じる。

 ペッツにとってはギリギリの精神状態かもしれない。友達に黙って自分だけ生き残るだもん。でも現実はこんなもの。美しくもなんともない。仕方ない。絶望的なほど当然の選択

諦念と向き合いながらも、人は夢と希望を叫ぶ


 だから、もしかしてカナブンが転移した先でペッツと再会できるんじゃないか・・・って期待したんですよね。それならハッピーエンドだよね・・・って。

 でも、それは明示されなかった。もちろん可能性としてはゼロじゃない。同じ火星に転移したのかもしれないしね。

 でも自分はそうはならない気がする。この作品はそういう予定調和を拒否している気がするんですよね。なんでそう思うのか。

 現実とはこんなもの・・・という諦念と向き合いながらも人は夢と希望を語ってしまう。ファンタジーの形をとりながらこのテーマを叫ぶためにこの作品は作られた気がするんです。
一見ゆるふわな青春ストーリーだが
この作品はハッピーエンドを拒絶しているように見える
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 自分にはこの作品のキャッチコピー『走れ、できるだけテキトーに』がそのテーマを暗示しているように感じたんですよね。一見するとアンビバレントな言葉。

 決してスタッフの『テキトーに制作しま〜す』宣言じゃなくて『終わるのが決まっているのにどうして生きるのか』という、矛盾に満ちた人生に対する一つの回答のような気がしました。

この作品はオルタナティヴ・セカイ系


 この作品って最初の印象ではいかにもセカイ系の作品(wikipedia)だなぁ・・・って思ったんですよね。いまさらセカイ系とはちょっと陳腐だなぁと。でもよく考えるとちょっと違う気がするんですよね。

 自分は『フリクリ オルタナ』は典型的なセカイ系の形式に見えて、実は『セカイ系』を否定する『オルタナティヴ・セカイ系』なんじゃないかと感じたんですよね。

 救うのは『世界』ではなく『自分の街』。見える範囲の小さな世界。そして、主人公は誰かに依存するでもなく、誰かを犠牲にするでもなく、自らも犠牲にせずに救う。でも救ったからといって現実は変わらない
アイロンはフリクリに共通する舞台装置
本作は続編というより同じ舞台を利用した別作品ではないか
(c) 2018 Production I.G / 東宝

 この作品はエヴァに代表されるセカイ系アニメの形式をとりながら、そのアンチテーゼを提示したのかもしれないなって感じました。

 それは現実を生きろという意味かもしれないし、大きな世界より目に見える身近な世界を語れということかもしれない。このラストシーンの不思議な後味には、なにかそんな風に訴えるものを感じるんですよね。

 深読みが過ぎるよ!って言われればその通りなのですが(笑)前作未見だからこその自由さで想像を巡らせてみました。

最後に:一番の謎は・・・


 次作の『プログレ』は予告編が素晴らしいですよね。かなり見たくなる作品ですが、アメリカではプログレが先に放送されたそうですね。

 実際プログレッシヴ・ロックは70年代、オルタナティヴ・ロックは80年代という順番みたいだし。登場人物もオリジナルは小学生、プログレが中学生、オルタナが高校生ですもんね。

 なぜ日本では逆の公開なのか・・・構成の件といい、正直言って本編の謎以上に『謎』の多い作品ですが(笑)見に行けば何かわかるかな?

 プログレを見た後は傑作の誉れ高いオリジナル『フリクリ』も楽しみたいですね。

【訂正】辺田友美(ペッツ)をベッツと誤記していました。お詫びして訂正いたします。(2018/9/15)

監督:上村泰
総監督:本広克行
脚本:岩井秀人
制作:Production I.G/NUT/REVOROOT
フリクリ オルタナ・プログレ公式サイト

【参考にさせていただいたブログ】

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