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映画『ペンギン・ハイウェイ』感想:失われし者たちへ贈る感動の挽歌

 『ペンギンハイウェイ』を映画館で見てきました。素晴らしかったですね。118分と少し長めだけど退屈にさせず、難解なストーリーをわかりやすく表現していました。石田祐康監督、今回長編が初めてとは思えないです。

 爽やかな初秋の空気のようで清々しい気持ちになるんだけど、自分はすごい泣いてしまいました。決して安直に感動させる作品じゃないです。でも、今を生きる私たちには心から響く作品

  2018年の日本で公開するにふさわしい時代性を踏まえた傑作だと思います。

映画『ペンギン・ハイウェイ』 予告1(公式)
予告編ではこの1の出来が素晴らしいですね。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

【大まかな内容】

※中盤よりネタバレありのレビューとなります。
※原作未読での考察ですので独自の解釈です。違ってたらゴメンなさい。コメントで教えてくれると嬉しいです。

キャラの魅力が際立つ素晴らしい演技


 まず印象に残ったのはキャラクターの魅力ですよね。特に蒼井優さん演じる『お姉さん』が魅力的でしたね。予告見たときに蒼井優さんだって気付かなかったんですが、すごく個性的で味わいのある演技でした。
言われるまで蒼井優だと気づかなかった。
耳に残る声色と素晴らしい演技。
予告・主題歌トレーラーより画像引用(当ブログの画像引用について
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 俳優さんの声の演技って議論になることもあるけど、今回の蒼井優さんは大成功だと思うな。俳優本人の顔を思い浮かばせず、でも声優さんとも違うクセのある演技。それがあのお姉さんと本当にぴったりなんですよね。

 お父さん役の西島秀俊さん竹中直人さんの演技も良かったですが、どうしても本人の顔が浮かんじゃうんですよね。キャラの顔より演者本人の顔が強く感じてしまうのが俳優さんの難しいところ。それだけに今回の蒼井優さんのキャスティングは驚きました。

アオヤマ君は声優初挑戦?ビックリの好演!


 声優じゃないって意味では主人公アオヤマ君役の『北 香那』さん。彼女は今回声優初挑戦だって。ホントに?ってくらいうまい演技でしたね。

 男の子役がすごく合ってて声優さんだとばかり思っていました。演技か素かわかりませんが、独特の固い感じがアオヤマ君にピッタリでしたね。
潘めぐみさん演じるハマモトさん。
予告1の『そう言うと思った!』は最高ですね。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 そしてハマモトさん役の潘めぐみさん。ここにアニメ声優入れるのは素晴らしいキャスティング。潘さんとウチダ君役の釘宮さんなどで演技の脇を固める事で、ビシッと芯が通るというか、アニメ作品として違和感なく鑑賞できました。

次項よりネタバレありの考察となります。

ファンタジックなお話かと思ったら・・・


 自分は原作小説を未読なので、可愛いペンギンの印象からどうストーリーが展開するのか想像できなかったんですよね。

 最初はトトロみたいに、大人には見えないペンギンを探すファンタジックなお話かな?と思ったら、いきなり序盤からたくさん出てくるし、大人にも普通に見えてるのでビックリしました。
ウチダ君とアオヤマ君。
ファンタジーよりの作品かと思ったらSFミステリーよりで嬉しい誤算
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 一歩一歩と秘密を解明するような展開は単純に面白かったしSF展開も好みですごく良かったですね。この辺は多くの人が面白いと感じるんじゃないかな?

 ただ、水の玉の謎とか、SF展開の部分は少し難解に感じる人もいるかな?とは思います。とはいえ劇中で色々ヒントが提示されているんですよね。考察しやすいし親切な構成だなと感じました。

 自分が感動したのはこの『SF展開』が図らずも現代の日本を象徴している展開になっているという事なんですよね。

森の奥の水の玉はなんだったのか?


 森の奥の水の玉(海)は世界の果てと繋がった世界。SFで言うところのワームホールみたいなものだと思うんですよね。
世界の果てにあるもう一つの世界が森に出現した。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 アオヤマ君のお父さんが巾着袋で説明したように、時空がねじれることで世界の果てがアオヤマ君の町に出現した・・・って事ですよね。それは多分お姉さんが引っ越してきた頃と同時期なんじゃないかな。

 本当はその頃から町も少しずつ空間が歪んでいて、気付かないうちに小川が無限ループになっていたり、色々改変が進んで行ったんだろうなぁと思います。

この世の果ての失われた世界


 海の中の世界は、もう一つの地球。パラレルワールドとしての世界かもしれないし、別宇宙の地球かもしれない。そっくりだけど荒廃した世界

 いずれにせよ、この世界でお姉さんは死んでいるんだと思った。なぜならお姉さんが言った死を暗示させる『まだこの世界に未練があるんだ・・・』みたいな言葉。
お姉さんはいつ真実に気付いたのだろうか。
食事をとらずに姿を見せなかった頃だろうか。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 お姉さんはあの時、忘れていた真実を思い出したのかもしれない。自分の住む世界は壊れてしまって本当は自分はもう居ないはずの人間だって。でも、なぜだか気づいたらもう一つの世界にいる。

 お姉さんはこの町に元々いた人なのだろうか?時空の歪みで別世界の同一人物が重なってしまったとか。

 それともこの世界にはいない割り込んだ存在なんだろうか・・・どちらにせよお姉さんの未練が時空を変化させるキッカケになった気がしますね。

『ペンギンハイウェイ』の意味


 いずれにせよ、この町はある意味で『お姉さんの夢の中』のような世界になっているんですよね。苦しい時は怪物やコウモリが出てきて、気分のいい時は好きなペンギンが出てくる。すべてお姉さんが元になっていろんな歪みが生じている。

 それに気づいた時、お姉さんもアオヤマ君も同じ結論に達したんですよね。『お姉さん自身が消えなくてはならない』悲しい結論だけど・・・お姉さんは前向きだったんだと思う。だって、あらゆるモノがペンギンに変わっていくじゃないですか!
あらゆるモノがペンギンになり水浸しの街が残される
ペンギンは彼女にとってポジティブの象徴
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 これはお姉さんが自分の死を受け入れていく物語。『ペンギン・ハイウェイ』というタイトルは失われた人やモノたちが進んでいく通り道を意味してるんじゃないだろうか。

 すこし飛躍しすぎかもしれないけど・・・お姉さんって、もしかしたら別世界ではアオヤマ君のお嫁さんだったのかもしれないって思うんですよね。少しだけ時間がずれてしまったけど。

 だからこの町にリンクしてしまったのかな・・・そうだったらいいなって思いました。

津波や水害を連想させる演出


 それにしても、自分はこのクライマックスを見た時、どうしたって東日本大震災や、近年の水害を連想してしまったんですよね。水浸しの街、様々なものが消えて、不自然に浮かぶ住宅・・・。

 遊歩道のレンガや町の色々なものがペンギンになっていくシーンでは、失われたすべてのモノがペンギンに生まれ変わっていくように見えて涙が止まりませんでした。あらゆる未練が断ち切られいく・・・って。
不自然に浮かぶ自動車や住宅
そして水浸しの街をみて水害を連想せざるをえなかった
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 だから、原作小説が2010年の発表と知ってビックリすると同時に感動してしまいました。震災前なんですよね・・・当然原作では想定されていないはず。

 だとしたら、あえて監督が演出で表現したのではないか?と感じました。原作の枠を壊す事なく2018年の現在にふさわしい作品として再解釈したとしたら・・・もちろん自分の勝手な解釈かもしれませんけど。

 震災以降、『君の名は。』や『夜明け告げるルーのうた』など震災をイメージさせる作品はありましたが、『ペンギンハイウェイ』は直接的な表現は避けながらも強い時代性を感じさせる作品になっていると思います。

 もし監督が意図的にしているのなら素晴らしい演出だと思いました。

この作品における『おっぱい』の意味をマジメに考察してみる。


 この作品ってとにかく『おっぱい』という言葉が沢山出てきて、良くも悪くもそこが注目されていますね。確かに家族連れではドキッとするセリフですが・・・。

 でもいわゆる最近の深夜アニメとは違う文脈ですよね。なにしろほとんど『揺れない』し(笑)絵的には極めて抑制的に描かれています。(逆に最近のアニメは揺れすぎ!)
絵的には『おっぱい』はあまり強調されない。
しかし健康的な色っぽさが非常にうまく表現されている。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 それはいいとしても『おっぱい』は原作でもずいぶん使われているキーワードらしくて、それなら単なるお遊びHワードとは思えないんですよね。

 この言葉には何か意味があるはず・・・自分なりに一生懸命解釈してみました。

『おっぱい』は解明するべき謎でありメタファー。


 結論から言えば『おっぱい』とは解明するべき謎の象徴

 アオヤマ君にとって解明するべき課題は『この世界の謎』と『お姉さんの魅力』なわけですよね。『この世界』の鍵が『海(水玉)』なら、『お姉さんの魅力』の鍵は『おっぱい』ではないか?とアオヤマ君は推理した。

  • この世界』の謎を解く鍵は『』?
  • お姉さんの魅力』の謎を解く鍵は『おっぱい』?

 でも実際には、どちらも本質ではなかったんですよね・・・共通の鍵は『お姉さん自身』だった!
海は図らずもおっぱいの図と同じ形になる。
© 2018 森見登美彦・KADOKAWA/「ペンギン・ハイウェイ」製作委員会

 この世界の謎を解く鍵になるのは『お姉さんの存在』だった。同じく、お姉さんの魅力は決して『おっぱい』ではなく彼女という女性自身の魅力・・・それに気づいた時、アオヤマ君は本当の『乳離れ』ができたのかもしれませんね(笑)

 まあ乳離れは冗談としても『おっぱい』という言葉は『単なるHワード』ではなくて、なんらかのメタファー(暗喩)として理解できる気がしますよね。

石田祐康 監督『フミコの告白』との共通点


 今回監督の石田祐康さんって2009年の大学在学中に発表した「フミコの告白」という短編アニメが話題になったんですよね。自分も当時これを見てビックリした覚えがあります。


 改めて見直したのですが、無限ループで再び恋人と再会するっていうエピソードが、図らずも『ペンギンハイウェイ』を連想するものでちょっと感動しちゃいましたね。

 他に『陽なたのアオシグレ』という短編映画も制作してるんですね。2013年なので気づきませんでした。この予告編がホント素晴らしくて涙出てきましたよ。方向性は違いますが楽曲との合わせ方とか新海監督に比肩するセンスの良さを感じますね。


 今回は長編映画としては初監督。それで118分はすごいなぁと思いますが、得意なショートフィルム的な演出はあえて抑えて、ゆったりとした構成にしたのがすごいですよね。派手なシーンが多すぎると疲れちゃいますからね。

 確かにもう少し短いほうが?とか思わなくもないですが、退屈ではなかったし、なにより難解な物語を丁寧に描くために必要だったと思います。

さよなら・・・でもまた会えるはず。


 この作品、クライマックスで涙が出たと書きましたが、エンディングでも涙が止まらなかったんですよね。宇多田ヒカルさんの『Good Night』が素晴らしくて。溜まっていた感情が一気に溢れてしまう感じでした。

『ペンギン・ハイウェイ』 主題歌トレーラー(公式)

 楽曲タイトルの『Good Night』は『おやすみ』や『さよなら』の意味だけど、決して永遠の別れじゃない。また会う事が前提の挨拶・・・。

 この映画のラストシーン近く、アオヤマ君の『僕は会いに行きます』という言葉。そう、きっと会いに行ける。だって時空を超える事ができたのなら、お姉さんの生きている時空にだって行く事ができるはず。

 ハッピーエンドとは言えないのかもしれない・・・でも素晴らしい気持ちで映画館を後にできる作品。娯楽性と社会性が両立した傑作だと思います!

監督:石田祐康
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクターデザイン:新井陽次郎/色彩設計:広瀬いづみ
制作:スタジオコロリド

映画『ペンギン・ハイウェイ』公式サイト

追記:小説『ソラリス』の影響について


 Twitterで『てぎ @tegit』さんより『ペンギン・ハイウェイ』は、スタニスワフ・レムのSF小説『ソラリス』(1961年)の影響があると聞いて驚きました。

 原作者の森見登美彦氏がブログで次のように書いていました。
 なお『ペンギン・ハイウェイ』は、スタニスワフ・レムの『ソラリス』を読んだ感動から生まれ落ちた作品であって、『ソラリス』がなければ『ペンギン・ハイウェイ』はなかった。 - 森見登美彦日誌より

 小説『ソラリス』(映画名 惑星ソラリス)は最近NHKの100分で名著』でも紹介されていて記憶に新しいのですが、謎が多く非常に深読みができる作品です。

 キーワードとなるモチーフや、それらがメタファーとなる事など『ペンギン・ハイウェイ』との共通点を感じます。例えば謎めいた『』や『人間ではない人物』そして『怪物』など・・・。

 もちろん全く違う物語なので(自分も言われるまで気づかなかった程ですから)強引にあてはめる事は出来ないのですが、少なくとも『ペンギン・ハイウェイ』という作品は非常に深読みができる物語である事は間違いない!と確信しました。

 むしろ今回の自分の解釈なんてまだ甘いんじゃないかって(笑)勇気付けられると同時に、すごく想像が広がって興奮しましたね。

 この原作のもつ懐の深さを十二分に引き出した石田祐康監督や脚本の上田誠さん・・・この作品はスゴイわけだ。子供から大人まで現代の日本人にとって見る価値のある作品だと思います。

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