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映画 聲の形 の感想 後編:深く根ざした音楽と、ろう者を声優が演じる事について

こちらは下記からの続きとなります。
映画 聲の形 の感想 前編:全てにピントが合った時の衝撃に言葉が出なかった
※下記ネタバレありの考察ですのでご了承ください。

シンプルなエンディングの驚き


 ラストシーンからのエンディング・・・2、3回目に見た時は本当に涙が止まらなくて参りました。

 正直言うと、初回に見た時はあまりにシンプルなEDに『もうちょっと絵とか入れても・・・』なんて思ったのですけどね。本編に被せてくるとかの『盛り上げ演出』は一切無しのストレートなエンディング。

映画『聲の形』主題歌PV/KyoaniChannel(公式)
主題歌PVやロングPVの印象で映画を見るとEDのシンプルさに驚く
しかし2度3度みて過剰な演出は必要ない事がわかった

 でも、3回目に見た時はもう感動の嵐で、スタッフクレジットもろくに読めないほど。明るくなっても立ち上がれなくって・・・恥ずかしいくらいでした(笑)

 同じシーンでもこれだけ印象が変わってくるのも凄いですけど、この作品は音響を含めた全体で非常に繊細な演出をしているので、わかりやすい濃い味の演出はバランスを崩してしまうんでしょうね。

 贅沢なシチューのような『君の名は。』を見た直後だったので、最初は薄味と勘違いしてしまったのですが(笑)実はものすごいこだわり抜いたお出汁のような作品だったわけで・・・。

 どちらが上という事ではありませんが、そんな風に『ちょっと地味』と感じた(初回の自分みたいな)人には、結論はちょっと待って!って言いたくなりますね。

作品に深く根ざした楽曲の力


 それにしても本作の音楽は素晴らしいですね。EDは元々aiko好きだったんで期待通りですが、牛尾憲輔さんの劇伴がここまで凄いとは思っていませんでしたよ、ホント。

 ピアノの中にマイクを仕込んでノイズごと録音した音を元に制作したそうですが、劇場のど真ん中で聞くと素晴らしい効果!鬱屈としたような独特の緊張感が素晴らしかったですね。
そこでキーワードとして出てくるのが補聴器。補聴器ってアンプなので、必ずS/N比の問題が出てくる。小さいものだからS/Nが悪い、つまりノイズが出てくる。だから今回はノイズを扱おうと。かつ、体内で鳴っている音を扱っていきたい。「カラダの中にいるような感覚」を出すことが大事だった。
 これを読んだ時『なるほどなぁ・・・』と目が覚める思いでした。自然音のノイズ以外にも様々な形のノイズが使われていましたが、音楽自体が作品のすごく深いところまで根差していて、音に着目して映画を見直してみたくなるほど。

 このインタビューを読むと、非常に早い段階から抽象的な作品コンセプトの共有がなされていた事に驚きますね。

 でもそれ以上に、山田尚子監督がどれほど音にこだわっていたかを知り驚きました。(この長いインタビューを無料公開したのは本当に正解ですよね)

 別のインタビュー番組で山田監督が『アニメはセリフ以外にも様々な表現手法があるので硝子の気持ちを表現できる』という趣旨の発言をしていましたが、音へのこだわりはそういう所に繋がっているんですね。

 余談ですけど、すっごい細かい話していいですか?
 ロングPVにもある硝子の告白シーンなんですけど・・・。


映画『聲の形』ロングPV/KyoaniChannel(公式)
告白シーン(70秒部分)より再生

 硝子の『す、き!』の後に背景音でキレイな『小鳥のさえずり』が入るんですが、将也の『月?』の後は微かにカラスの『カァ〜』ってズッコケ音が入ってる・・・。決して目立たずヘッドホンで注意深く聴いてようやく気づくような音。

 先のインタビューと合わせて見ると無茶苦茶こだわってる中でこんな遊び心を入れてるんだなぁって楽しくなりました。

選曲による絶妙なバランス


 あと楽曲の良さと同じくらい選曲とシーンの合わせ方がすごく面白いですね。悲惨ないじめシーンに当てる曲がちょっとリズミカルな楽曲だったりしましたよね。あれすごく良いなぁって思ったんです。

 他にも合唱の練習シーン。リズミカルなピアノ曲をかぶせた流れのまま合唱の伴奏になっていく繋ぎ方とかすごいキレイで痺れます。

 あのシーンもかなりイヤな緊張感なのに、リズミカルな曲とのアンバランスさがグロテスクな感じを緩和してサラッと流してくれるんですよね。
障害やイジメによって過剰に重くなりがちなシーンも
音楽の組み合わせによって絶妙なバランスを取っている
映画『聲の形』ロングPV/主題歌PVより画像引用
当ブログの画像引用について
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 

 そしてロングPV冒頭にも使われるあの曲(svg/36曲目 amazon視聴)。最初聞いた時は、静かで重い感じの曲という印象でしたが、本編で聞くと後半からのポジティブな使われ方で、すごく気分が高揚してくる不思議



 サウンドトラックを聞くとあらためて凄さを感じました。映画のサントラという範疇を超えて楽曲として凄い力がありますね。

悠木碧さんの演技に圧倒された


 そしてもう一つ外せない事、それは声優さんの演技力ですよね。

 前編で将也役の入野自由さんの凄さを書きましたが、悠木碧さん演じる『結絃』がすごかったですよね・・・『魔法少女まどか☆マギカ』ファンだから贔屓するわけじゃないけど、あまりに凄まじい演技力に圧倒されました
予告やPVではわずかにしか出ないが
その存在感と演技力に圧倒されて涙が出てくるほど
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 

 なんなんですか・・・声色がここまで違うってのも仰天したけど、そういう表面的な部分だけじゃないんですよね。

 憎たらしいんだけど影があって弱さも垣間見える、陽と陰の差、しかも男の子みたいな女の子って・・・あの超絶難しい役!声優さんの演技で『怖いくらい凄い』と思ったのは初めてかも。

 もう、あの結絃の演技を見てるだけでも感動的で・・・本当に好きなセリフがたくさんあるんですよね。

 『ネズミ・・・でも大丈夫、もう来ないから。』の部分とか、『どうでぃ、どうでぃ』からの『石田、やっぱりちょっとこわい』の部分とか、もう他にもたくさん。

 まどかの時だってスゴイ!と思ったけど・・・ホント、悠木碧さんの天井知らずの演技力に改めて驚愕しました。

声優が『ろう者』を演じるという事


 声優といえば、忘れるわけにはいかないのが、硝子役の早見沙織さん。言わずと知れた『女子高生やらせたら右に出るものはいない』素晴らしく愛らしい声の持ち主。(注:個人の意見です)

 公開前は大変失礼ながら『どうせ喋るシーン少ないのにもったいなくない?』なんて思ってたのです・・・でも見終わった後、本当に驚きました。

 『声優さんがろう者の演技をするってこういう事か!』って。

 単にリアルの追求って訳じゃないんですよね。普通の女子高生役だって別にリアルさを追求してないじゃないですか。(※追記:早見さんはろう学校取材などで深く理解した上で演技されています)

 アニメにおける女子高生というキャラを演じてるわけで、硝子の演技もアニメにおける聾者の女子高生を演じている感じがすっごく伝わったんです。
聴覚障害のある女子高生を声優が演技する
リアルさを『アニメの文脈』で解釈した演技になっていた
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 

 なんというか、リアル過ぎないけど嘘っぽくなくて、しかもカワイイ!って感じる微妙なバランスがとれてて『なるほど、声優さんがろう者を演じるってこういう事なのか』と本当に感心しました。

字幕のない手話を理解する感覚


 ろう者と言えば、自分はこの作品で初めて手話を『字幕なし』で理解する感覚っていうのを体験出来ました。劇中で使われたのは挨拶とか本当に簡単な会話だけど、手話を翻訳せずに直接理解する感覚・・・・この感覚はすごい新鮮だったなぁ。

 もちろん手話自体はTVでも見たことはありますけど、字幕があったり、福祉のお勉強の場面でしか見た事ないわけで。なんか感情が伴ってないと言うか・・・記号に見えてたんですよね。極端に言えば手旗信号みたいな。

 本作の特徴に手話に字幕はつかないというのがありますよね。これは本当に素晴らしい効果が出てると思うんです。
本作で初めて感情の伴った手話を経験できた気がする。
©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 

 1回目に見た時は、よく意味がわからないですよね。将也の翻訳を聞いたり、周辺からの想像で『こういう意味かな?』って思ったり・・・。よくわからなかったところはネットで調べたりして、2回目、3回目と見るうちに、手話がスッと理解できる

 簡単な単語とはいえ、あのスッて理解できる感覚が、硝子の言葉のみならず、演技からくるニュアンスまで感じられるようで、硝子への感情移入がすごく補強された気がします。

 ※ちなみに最後のシーンで植野が手話で『バカ』と言ったつもりが、実際は『ハカ』になってるんですね。硝子が正しく『バカ』と教えてあげるんだけど、それが結果的に植野に『バカ』って言ってる形になって吹き出してしまう。ここもホント良いですよね。
【参考】この『バカ』のシーンを『スキ』のシーンと比較して考察なさっているブログです。『映画『聲の形』感想メモ:「スキ」と「バカ」』- ねざめ堂

不思議な『後味の良さ』の理由


 初日に見たくせに感想アップできたのが1ヶ月以上後とか・・・これまでに経験した事がなかったです。ほとんど毎日のように映画『聲の形』の事を考えていた気がします。

 しかも感想が『三部作』とか長くなっちゃって、もし最後まで読んでくれた方がいれば本当にありがとうございました!あなたのような方がいてくれて本当にうれしいです。(※1,2部は後に合併して前後編になりました。)

 この映画は、自分が勘が悪いせいもあるけど、1回目では全然受け止めきれなかったんですよね。すごい情報量で手からどんどん溢れてしまう感じでした。

 でも『つまらない』とかでは全然なくて、本当にもう一度見たい!って思ったんですよね。この溢れるものを全てすくい取りたい・・・って。

 とても強烈な吸引力があって、たしかに痛くて重いところも多い作品なんだけど、そういう不快を超えた不思議な魅力を感じた事は覚えています。

 見た後軽く寝込んじゃうくらいの話なのに(笑)どうして終わった後はもう一度見たくなるような後味の良さがあるんでしょうね。

彼らの幸せを願う監督の気持ち


 その理由は、これまで書いたような『音楽の演出』だったり『重層的なテーマ』によるものだと思うのですが、もう一つ(これを書くとちょっと恥ずかしいのですが)山田尚子監督の愛情に満ちた作品だったからじゃないかな・・・と思うんですよね。

 どこかのインタビューで山田監督が『すべてのキャラクターが好き』という意味の事を言ってたと聞いたのですが、この作品の後味の良さってここからくるんじゃないかな?って思うんですよね。

 この作品のキャラクターってとにかく問題を抱えてる人たちばかりだけど、彼らに対する愛情みたいなものがにじみ出てるんですよね。

 単に彼らの行動を肯定するとか、ましてやイジメや自殺を美化するとかそういう事じゃなくて、そんな彼らの幸せを願っている感じ。

 だから、痛みや重いストーリーでも、見終わった後にすごく後味が良く、もう一度見たいという気持ちにさせるのかなと思います。

(・・・なんか今、寒い事言ってるような・・・笑)

 今後、原作を読むのもすごく楽しみですが、この作品が山田尚子監督吉田玲子さんたちによって制作されて本当に良かったなって、素人ながらに制作陣の皆さんに心から敬意を表したくなるような気持ちでいっぱいです。

 本当にこの作品が大好きです・・・って伝わるといいなぁ!

【関連投稿】

【他の方の印象的な感想です】

公式サイト http://koenokatachi-movie.com
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:西屋太志
美術監督:篠原睦雄/色彩設計:石田奈央美
音楽:牛尾憲輔
※1・2部の合併により本稿を3部から後編にタイトル変更しました。

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